給与格差が気になる方へ 給与格差はなぜ生まれるのか 納得いく社会の仕組みとは?

 

同窓会で集まったときなどに、自分の給与と他人の給与とを比較し、給与格差を意識することはないでしょうか。

日本も一億総中流とかつて呼ばれましたが、いまでは中流層がなくなり富裕層と貧困層の2つだけになりつつあります。

 

では、このような給与格差を生み出す仕組みはどのようなものなのでしょうか。現在の仕組みではなく、給与格差が生まれない社会は実現しないのでしょうか。

そのことについて、今回は考えてみたいと思います。

 

給与格差のもととなる考え

 

給与(賃金)格差というのは、「賃金構造で見る場合の重要なファクターで同一時点における産業間、企業規模間、男女間の賃金水準の相対的な開き」を指します。

同窓会の例は、まさに産業や企業規模などが生み出した帰結だとみることができます。

 

給料というのは働いた人に対して支払われる対価ですので、Youtuberならばそれだけの金銭的な価値があったのだと「計上」されたことになります。

つまり、背景には「経済の論理」が働いています。

 

経済学と聞くと難しく聞こえますが、そのもととなる考えはイギリスから生まれました。

そのひとつに「功利主義」と呼ばれる思想があります。この功利主義において欠かせない考え方が、すべての人の満足度の合計が最大になるようになるべきという考え方です。経済学の基本には、功利主義の考え方がもとになっています。

日本のGDPが現在世界で第3位ですが、お金を幸福度とイコールとするならば、日本人全体の幸福度は世界で非常に高いともいえます。

 

しかし、最初に述べた不満に立ち返ってみましょう。

日本のGDPは高いにもかかわらず、給与格差に不満を感じますよね。どこに、不満を生み出すカラクリがあるのでしょうか。

それは、すべての人の満足度が個人のそれよりも優先されている点にあります。

現在、年収格差が深刻な問題になっていますが、年収の高い人はいい家に住み豪華な食事を食べることができるでしょう。

他方、非正規雇用の労働者の場合余暇に時間を割り当てられない、衣食住も最低限の生活が強いられるでしょう。

しかしトータルとしてみれば、国は発展途上国と比べて栄えているといえます。

20世紀に功利主義が批判にさらされるようになったのは、このような背景がありました。

 

不遇な人が生まれない社会とは?

 

功利主義の考え方を否定するのは構いません。しかし、世の中は経済の原理にしたがって回っているのも事実。功利主義に代わる案はないのでしょうか。

 

結論を先に言うと、20世紀は功利主義に代わる代替案が多く登場しました。

そのきっかけとなったのが、ジョン・ロールズの『正義論』です。『正義論』というと堅苦しく聞こえますが、「公正さ(justice)」という視点から捉えなおそうというムーブメントです。

ロールズの立場から批判されるのは、格差の是正です。とはいえ、格差があるのはとりあえず認めています。そのうえで、もっとも不遇なひとたちの利益を最大化するようにすべきだというスタンスに立ちます。

 

年収格差を気にする人にとって、魅力的に感じるかもしれません。根底には、あらゆるひとにとって自由が担保されるべきという考えがあります。

年収の多い人が一流大学に入る機会があるのに、裕福でない家庭の子供が一流大学に入れないのでは不公平です。

裕福でない家庭の子供でも一生懸命勉強をすれば無償の奨学金をもらえるというのであれば、裕福になれる機会はありますので公正さは保てるでしょう。

 

ところが一見良さそうに映るロールズの考えは、批判にさらされます。どこに議論の穴があるのかわかりますでしょうか。考えてみてください。

 

「もっとも不遇なひとたちの利益を最大化すべき」とロールズは主張しました。なぜこの考え方を採るべきなのでしょうか。

もしもあなたが努力をして大企業に勤めて多くの年収を稼いでいるのに、それが税金として取られるのに不満を感じるでしょう。

 

もちろん福祉の充実した社会では、不遇な人が生まれなくなりハッピーかもしれません。

その一方で、努力が報われないのであれば、そもそも努力する必要がないのではということにもなりかねません。

 

他の考え方を覗いてみて、年収格差の捉え方をみてみましょう。

 

福祉を最小限にとどめ自由が優先される社会は?

 

1つは、年収格差があるのをありのままに受け入れようというスタンスです。正確には、個人の財産を侵害することは許されるべきでないという主張です。

これがリバタリアニズムという思想です。自由主義という言葉がありますが、リバタリアニズムはさらに強い主張です。

国家でさえ、個人の自由を侵害すべきでないと考えるのですから、国家の制度を最小限にする、あるいは無政府状態にするといったかなり極端に映るスタンスを採ります。

 

穏健なリバタリアニズムですと、福祉を最小限にとどめ、個人の自由が優先される社会になります。

ロールズの考えを実現した社会と異なり、一生懸命努力をした人も報われると思う方もいるでしょう。

 

その一方で、現状で収入の少ない人にとっては納得しがたいかもしれません。最小限の福祉しか与えられない社会では、教育費や奨学金の制度さえままならないでしょう。

たしかに野球選手のような非常に高い身体能力をもった人なら裕福になれる可能性があります。しかし裕福でない家庭に生まれたならば、生涯裕福でないままということになりかねません。

 

リバタリアニズムが実現する社会は、福祉でさえ最小限、あるいはまったくないものです。

思想の一貫性という点ではよくわかるのですが、納得せよというのは難しいかもしれません。

 

「善い人生のために必要なこと」とは何かを考え直すとどうなるか?

 

前の2つのスタンスは、「給与」に肩入れしすぎました。

善い人生とは、給与が高いことだけでは言い尽くせません。健康状態を保つことや、教育を受けていること、社会生活に参加できることなど様々挙げられます。

そこで、善い人生であるために必要な条件をもっと広く考えてはどうでしょうか。

アジア人ではじめてノーベル経済学賞をもらったアマルティア・センの考え方です。インドの裕福な家に生まれ、貧富を間近で見て、貧富の差を是正するにはどうすべきか考えたのだそうです。

 

インドにはカースト制度があります。先祖代々同じ職種や身分であり続けるという制度です。

ところが、IT職は新しい職業でしたので、カースト制度の枠ではとらえられませんでした。インドから多くのIT職に就く人が現れました。身分が代われるのならば、より身分の高いほうに移りたいと考えるのが自然でしょう。

 

子孫まで代々同じ身分であることは、善い人生を送っていると言えるでしょうか。高いカーストから差別を受け続けたり、健康状態を保てなかったり、あるいは低いカーストであり続けることは善い人生を送っているとは言えないのではないでしょうか。

 

日本の社会に当てはめてみましょう。確かに年収が高いことは、健康医療にお金をかけられたり、いい家に住めたりするなどいい面もあります。

しかし年収が高いからといって、善い生活を実感できるとは限らないのではないでしょうか。

たとえば医者はほかの職業に比べて、年収が高いでしょう。しかし少子高齢化である上、医師国家試験に合格した人しか医師になれませんので、いざというときの代わりがいません。

そのため休みが普通の社会人よりも取れなかったり、子育てに十分な時間を割り当てられないなど問題が山積します。これでは、「善い人生」とは言えないのではないでしょうか。

 

センの考え方は、必ずしも年収だけに注目するのではありません。「善い人生」のために、万人が納得のいく社会のシステムが構築されるのを望んでいます。

働き方改革で個々が自分のペースで働くこともオプションとして考えられるようになりました。

多く稼ぐことはできないものの、ストレスを感じることなく生活できる選択肢が残されることは、「善い人生」を送れるためのいい社会であるといえるのではないでしょうか。

 

あなたが不満に感じるのは何ですか?

 

年収格差の問題から始まり、給与格差を生まれない社会や、給与格差よりも大事な指標を考慮する社会などいろいろ見ていきました。

 

やはり年収が多いほうがいいと考える方もいるでしょう。中には、年収は同級生に負けているけれども、自分のペースでゆとりをもって生きられるので満足だという方もいるかもしれません。

 

あなたにとって、年収格差を納得できるスタンスはどれなのか考えてみるといいのではないでしょうか。

 

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